「暮らしの手帖」の創刊者であり、
長年その表紙のイラストを
描き続けた花森安治。

絶妙な構図や温かみのある
花森安治のイラストは今でも
世代を超えて愛されています。

来年の朝の連続テレビ小説
「とと姉ちゃん」において、ヒロインと共に
モデルにされている花森安治とは
一体どんな人物だったのか。

この記事では、花森安治の出身大学や
その業績、活躍などをはじめ、
ユニーク性あふれる逸話などについて
簡潔にまとめてみました。

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花森安治の出身大学は?大学時代の活動も解説!


まずは花森安治という人物を
大学時代を中心に見ていきましょう。


1911年に兵庫県神戸市に生まれ、
旧制兵庫県第三神戸中学校から
旧制松江高等学校に進学。

旧制高校時代に校友会雑誌の
編集に参加したことが、
編集者人生の出発
とされています。


その後、東京帝国大学の
文学部美学美術史学科
へと入学。

花森安治の大学時代ですが、
主に学生新聞の編集に携わっていました。

そこで扇谷正造や田宮虎彦、
杉浦民平、佐野繁次郎らと出会い
多くの刺激を受けたと言われています。


そして、後に佐野繁次郎の世話によって、
花森は東京帝国大学を卒業した後に
伊藤胡蝶園の宣伝部に入社し、
広告デザインに携わることになります。


そして、この経験が、
その後の手書きで顧客に語りかける
「暮らしの手帖」のキーともなる
個性的なスタイルを確立させたのです。

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花森安治の業績とは?触れられたくない過去も?


その後、花森安治は戦争に応召しますが、
結核のため除隊となっています。


その一方で、花森は敗戦まで
大政翼賛会の団体に籍を置き、
国策高揚に関わっていた面もあります。


欲しがりません 勝つまでは

という有名なキャッチコピーがありますが、
これは、「国民決意標語」の募集に
応募した作品を花森安治が採用したものです。


しかし、花森安治自身は戦後一度も
大政翼賛会に対する自分の関わりを
口にしなかった
とされています。

当時の事は忌まわしい過去として
自分の自身の記憶の中から
抹殺したかったのかもしれませんね。


突然敗戦となって呆然としていた頃に、
「読書新聞」編集者の田所太郎の紹介で
かの大橋鎭子と出会います。


※参照:大橋鎭子の2人の妹など家族について。衣装研究所とは?


翌年の1946年に、花森は
大橋鎭子とともに衣装研究所を設立し、
雑誌「スタイルブック」を創刊します。

また、1948年には
生活雑誌「美しい暮らしの手帖
(後の「暮らしの手帖」)を創刊します。


この「暮らしの手帖」という雑誌ですが、
生活者の立場に立った提案や
長期間の商品使用実験などをを行う
ユニークな雑誌として知られています。

また、中立性を保つという立場から、
企業広告を一切載せないという理念の元に
現在まで発行され続けている雑誌です。


この雑誌は、発行号数が100号に達する毎に
「第n世紀」と区分されていますが、
この由来は、花森安治が提唱した
100号ごとに初心に立ち返る
という意味合いが込められているそうです。


また、1972年には著書「一銭五厘の旗」で
第23回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞。

同年には「暮らしの手帖」の活動により
ラモン・マグサイサイ賞を受賞しています。

花森安治のユニーク過ぎる逸話について!


花森安治はまた変人としても有名で、
おかっぱ頭でスカートをはくなどの
女装をしていたという逸話があります。

他にも、癇癪持ちという一面や、
何でも試みるという性格も知られています。


中でも有名なのが編集部員を募集する際の逸話です。


編集部員募集の時は、花森安治自身が
テーブルにコンロや肉や野菜を出し、
突如として料理人が酢豚を作り始めます。

応募者達はそれを見て「酢豚の作り方」を
まとめよという試験問題を出したことも。


しかも、試験はそれで終わりではなく、
その後また花森安治が出てきて
「さっき僕が話したことを600字にまとめなさい」
という問題を追加で出しただけでなく、

最後に研究所の道順を地図にしろという
問題を出して候補者を絞り、後日のパーティで
候補者たちを観察し採用したそうです。


また、花森安治の仕事術としては、
いい文章を作るために、他人の文章を書き写した
ノートを100冊以上用意していた
とされる
ビックリするような逸話が残されています。


他にも、死の2日前まで編集の仕事を
していたというから驚かされます。


業績、活躍だけではなく、
こうしたユニークな逸話が残されてるのも
花森安治という人物の魅力なのでしょうね。

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記事のまとめ


花森安治の出身大学は東京帝国大学の
文学部美学美術史学科で、大学時代は
学生新聞の編集などに携わっていました。

花森安治の業績としては、大橋鎭子と共に
「暮しの手帖」を創刊した事が有名ですが、
戦時中は、大政翼賛会の関連団体に身を置き
国策高揚に関わっていた面もあります。

また、花森安治は複数のユニーク性のある
逸話を持っている事でも有名であり、
編集部員を募集する際のエピソードや
仕事に関する情熱を示す逸話などが
今でも残されています。

こうした様々な逸話を持つ花森安治が
朝ドラ「とと姉ちゃん」の中で
どのように描かれているのか
今から楽しみですね!